※色々な人からの視点で書いてあります。
【ひだまり】
「金吾ッ!!!!!!!!」
滝夜叉丸先輩の空気を引き裂くような叫び声によって、木々にとまって羽を休めていた鳥達が驚いて一斉に羽ばたいた。
いや、鳥達が驚いたのは、先輩の声に重なるように大きく響いた二発の銃声のせいだったのかもしれない。
「――滝夜叉丸先輩ッ!!」
「金吾ッ、大丈夫か?!」
この数秒で一体何が起こったのか、滝夜叉丸先輩の腕に捕らえられ、先輩と共に倒れ込んだ僕は全く分からなかった。
駆けつけた三之助先輩に抱えられて起きた僕の視界に、四郎兵衛先輩が僕から滝夜叉丸先輩を引き離して、忍び装束の袖を引き裂いている姿が映った。
数10メートル先の草むらの陰では、姿が見えない程前の方で走っていた小平太先輩が黒い人影と対峙している姿もあった。
「三之助先輩!!金吾!!!」
悲鳴のような四郎兵衛先輩の声で、呆然としていた僕はハッと正気に引き戻された。
しゃがんだ四郎兵衛先輩の陰には、先輩で隠れるように咳き込みながら横たわっている滝夜叉丸先輩がいた。
「―――ッ!?」
何一つ状況を把握できていないのに、震える脚を懸命に動かして駆け寄ってみると、四郎兵衛先輩のガタガタ震える小さな両手は紅く染まっていて、地面にまでその紅は染み渡っていた。
地面とは逆に滝夜叉丸先輩の顔色は見るまに青白くなっていき、腹からは赤い血が湧き出ている。
「どうしよう!!三之助先輩!滝夜叉丸先輩がッ」
「落ち着け、四郎兵衛!!止血はしたのか!?」
「しましたよッ!!けど、止まらないんです!!!」
いつもはあんなにのんびりした先輩達が怒鳴りあっていた。
二人の瞳には必死に堪える涙の粒が光る。
失うかもしれない恐怖と、いきなりの敵襲への困惑。異様な光景に情けなくも僕は、ただ呆然と立ちすくむしかなかった。
誰も察知できなかった奇襲だった。いや、僕を庇った滝夜叉丸先輩は危害を加えられる寸前で異変に気づいていたのだろう。
そして、あんなに遠く離れていた小平太先輩はもっと早くに。きっと僕たちへ知らせに走る前に、誰かに足止めを食らっていたのだ。
「貴様ァァァァーッ!!!!!」
哀しい悲鳴のような野獣の怒声が、混乱した空気を叩き割った。
木々や地面はビビビッと鳴り、小平太先輩の凄まじい殺気を受けて、僕たちは胸を押さえつけられているかのような激しい息苦しさを感じた。
僕達に見ちゃ駄目だと、いくらか落ち着いた三之助先輩が言う。
僕たちは温和しく従い、視界の端に映るモノに決して目をやらず、やっと血が止まり始めた滝夜叉丸先輩の手当に集中する。
僕たちが気づかなかった火縄銃の火薬の臭いは、髪に染み込む程に辺りに充満していた。
※三之助視点※
滝夜叉丸を傷つけられて完全に自分を見失った小平太先輩の戦い方は、まだ過酷な試練をしていない後輩達には見せれないほど、とても残酷であり、脅威であった。
そういう俺も見ているのはとても辛いが。
でも、滝夜叉丸先輩が頼れない今、俺が先輩を見ていないと。
どんな力が小平太先輩に秘められていたのか、塹壕掘りに使っていた苦無で首を飛ばした。しかも一閃で。
殺した後も粉々に……血と肉片の固まりになるまで、繰り返し曲者に苦無を振り上げ続けていた。
その姿は狂気じみていて、俺は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
大した時間もかけず、そして、返り血も浴びずに興奮の冷めやらぬ野獣の目をしたままの小平太先輩は、失血を終えた滝夜叉丸の元へ飛びかかるように駆け寄ってくる。
さっと身体に今までにないくらいの緊張が全身に走った。僅かに戦闘態勢になり、いつでも突き出せるよう背中に隠すように短剣を握る。
「滝夜叉丸はッ!?」
俺が危惧していたように、理性を無くした先輩が滝夜叉丸に群がる俺達を襲う事はなかった。先輩の瞳には狂気の炎は見え隠れしているものの、俺達を見て幾分か冷静を取り戻せたようだ。
「…腹に二発。結構出血したんで、早く新野先生の所へ!!!」
気付いていたはずなのに、俺が先輩を警戒していたことには何も触れず、ただ俺の言葉に先輩は頷くと、素早く滝夜叉丸を抱き上げる。
「三之助と四郎兵衛は先に行って学園長と新野先生と伊作に連絡!!金吾、お前は私とおいで」
先輩が話し終えると、俺たちは先に学園に走った。
もっと、もっと速く。
今までよりも数倍速く、俺の体よ、全力で走れ。
風を切って木々を裂いていく。
いつもなら体力のない四郎兵衛が俺の少し後ろを追うように走る。きっと四郎兵衛も俺と同じ事を考えているのだろう。
日々鍛えられた筋力が役立った。裏裏山から随分速く走り抜けれたらしい。
「「学園長先生!!!」」
学園の塀を飛び越え、学園長の部屋の縁側へ着地する。
そこには俺達を待ち構えて居たかのように、学園長先生がちょこんと座っていた。
その姿を見て、昔教わったように二人共さっと片膝をつく。
「委員会中の敵襲にて、4年い組の平滝夜叉丸が負傷いたしました!!!」
堅苦しい口調の四郎兵衛。
「火縄銃で遠距離から腹に二発。止血を行いましたが、かなりの血を流したため、意識は回復していません。直ちに治療準備を!!!!」
学園長の顔に緊張が走った。
「うむ。山田先生!土井先生!!」
「「はっ!!」」
何処からか先生達が気配もなく降りてきた。
恐らく最初は、突然現れた俺たちを曲者かと警戒して屋根の上に身を潜めていたのだろうが。
「山田先生は新野先生と善法寺伊作に連絡を。土井先生は裏裏山へ」
「「御意」」
さっと風のように各々走り抜けていった。
「さぁ……次屋三之助、時友四郎兵衛。疲れたであろう?
みんなが帰ってくるまで少しここで休憩をし」
しわくちゃな顔がニッコリ崩れるのを見て、やっと肩の入りすぎた力が少し抜け落ちたのを感じた。
滝夜叉丸が助かるまで安心はできないけど、だけど幾分かは落ち着けれる。
「…………敵は?」
「……自分が知っているかぎり、忍び一人です。小平太先輩を少し足止めできるくらいですから、かなりの手練れの忍びがもう一人居たと思います。………すでに事切れてますが」
姿形すら原型を留めてはいなかった。
「ふむ。七松小平太が居たのなら安心じゃ」
頷く学園長の言葉は、次なる来訪者によって遮られた。
「学園長先生!!!!」
バンッと大きな音を立てて、襖が開いた。
騒々しく現れたのは、滝夜叉丸とよく一緒にいる四年生の三人だった。
「滝夜叉丸が怪我したとは、本当ですかっ!?」
無礼も承知でずかずかと学園長に近づきながら、叫ぶように田村三木ヱ門先輩が言う。
「本当です」
学園長が答える前に、四郎兵衛が返事をした。
先程までに興奮しすぎて、今は冷静になったらしい。ハッキリと受け答えする。
「アイツの様態はッ?!」
噛みつくように四郎兵衛へと、怒りとも焦りとも取れる激動の矛先を変えた。
「すぐに止血しましたが、場所が悪かったのか大量の出血をしています」
いや、四郎兵衛は冷静になったのではない。
様子が変だ。
「何故そうなったッ!!!?何故、未然に防げなかった!!?」
「三木ヱ門ッ!!!!!」
再び四郎兵衛に向かって責めるように怒鳴った田村先輩を、今まで黙っていた綾部喜八郎先輩が怒鳴り返すように諫める。
「………………悪かったな」
バツの悪そうに謝った田村先輩の視線を辿ると、四郎兵衛が泣きじゃくりだしている姿が見えた。
あの不自然な冷静さは、きっと四郎兵衛の感情がいっぱいいっぱいだったからだろう。
感情の限界が来たのだ。
四郎兵衛の肩に手を回してこちらを向かせ、ゆっくり小さな身体を抱きしめる。
「滝夜叉丸先輩は金吾を庇って打たれたんです。だからと言って、小平太先輩も、滝夜叉丸先輩も、金吾も悪くはありません。
………さ、詳しい話は後で。もうすぐ七松先輩達が着くはずですから」
苦しそうに嗚咽を漏らす四郎兵衛の背中をそっと撫でながら、今度は俺が答えた。
「滝ちゃんらしいね」
タカ丸さんが少し泣きながら笑った。
無表情ながらも心配そうだった綾部先輩も、微かに笑う。
確かに、滝夜叉丸先輩らしい。
自信家で自惚れ屋ではあるけれど、本当はとても優しくて強い人なのだ。
話を聞きつけたのか、徐々に部屋の周りには人が集まり、口々に滝夜叉丸の安否を尋ねている。
学園中の誰もが、滝夜叉丸の無事を願っていた。
※小平太視点※
滝、滝、滝、滝。
どうか私をおいて、逝かないでおくれ。
走っている最中に感じた微妙な違和感。
それに気づいた時にはもう、私は敵の術の中にいた。
幻術は不得意なんだが。と呟きいつでも動けるよう、体勢を低くして構える。が、何も動かなかった。
そのときになってやっと気づいたのだ。
自分はただの足止めなのだと。本命の標的は……。
そこからはもう記憶にない。
ただひたすらに敵を排除する事しか、頭に無かったのだ。
「小平太先輩!!」
金吾の声にハッと我に返った。
腕の中の滝夜叉丸はまだ意識を失ったままだ。
「…大丈夫だ、金吾。さ、私達も学園へ戻るぞ」
金吾を肩車にし、滝夜叉丸を横抱きにして、振動が出来るだけ響かないように慎重に、尚且つ素早く山を下る。
「七松、金吾!!!」
「土井先生ッ!!!」
金吾が向かいから現れた先生に声をあげる。
きっと、三之助達の報告を受けたのであろう。
「七松、敵は?」
「幻術使いと狙撃手の二人はしとめました。残りは幻術で足止めを喰らわせてます」
まだこの山の中に仕留める時間がなくて、幻術をかけた数人の忍びがいる。
そう言い終わると、土井先生は頷き、あとは自分に任せて先に行け。と私達の横を抜けていった。
「………あ」
頭の上に置かれていた手が離れて、金吾が後ろを振り返ったのが伝わる。
「先生は強いぞ。ついて行こうと思うな」
足手まといになるだけだ、との言葉は飲み込んだ。
きっと金吾も分かっているだろうから。
「……はい」
「急ぐぞ」
ぎゅっと握りしめられた頭巾を感じながら、学園を目指す。
「………何で僕が助かっちゃったんだろう」
震えた本当に小さな独り言を、私は聞こえていないフリをした。
「…………………大量出血で危なかったけど、迅速な手当が幸を成したようだね。もう命に別状はないよ。
弾は貫通しているし、近距離で打たれたわけじゃないから、傷口も火傷していないし。あとは回復を待つだけだからね」
伊作のゆったりした声が保健室前の廊下に響く。
廊下に立っていたのは私達体育委員とタカ丸、田村、綾部の数人だ。
はじめの頃は久々知達五年や一年は組や他の学年も、うじゃうじゃ居たのだが、あまりにも多すぎたので帰ってもらった。
「………よかった…」
誰が漏らした言葉だったのだろうか。
みんなの思いを代弁するその呟きは、肩の力を抜けさせた。
「……きり丸。居るんだろう?」
「あはは。バレてました?」
先程から廊下の曲がり角に隠れていたきり丸を呼んだ。
「学園中の皆に滝夜叉丸は無事だと知らせてくれ」
きっとみんな心配しているだろうから。
きり丸は瞳に涙を溜めて、大きく頷いた後、転げるように走って行く。
緊張が解けたのか、わっとみんなが泣き出した。
私は泣けなかったが、手をぐっと握りしめた。
「小平太。お前のせいではないよ。誰もお前を責めちゃいない」
「伊作……」
爪が皮膚を突き破って血を流した手を、伊作が暖かい手のひらで包み込む。
いつの間にか、気づかぬうちに私の手は、氷のように冷たくなっていた。
「気に悩むな」
伊作はそう言ったけれど、悩まないはずがない。
私がもっと早く異変に気付いていれば、こんな事態に陥っていなかった。
金吾が、庇われて助かった自分を恨まなくても良かったはずだ。
四郎兵衛が感情を焼き切ってしまうことはなかったはずだ。
三之助が私や敵を恐れながら、無理に感情を押し殺すこともなかったはずだ。
そして何よりも、滝夜叉丸が生死の間をさ迷うような傷を、負わなくて良かったはずなのだ。
全て……全て、私が悪かったのだ。
みんながわんわん泣く声を聞きながら、私は一人手を震わせていたのだった。
続きます。